組紐イメージ

伝統

三重県組紐協同組合
 人のあるところ紐はある
 縄文土器に印された実用の紐の跡は九千年の昔にさかのぼる、仏教とともに大陸の工芸組紐技術が渡来し現在も正倉院に「雑色篠帯」として そのモダンな残映をとどめている
 平安時代には、束帯に用いられた唐組の平緒や経巻 華籠 幡飾などの仏具神具などの優美な紐が生産され、武家の世には鎧の縅糸 刀の下げ緒などにその技法が伝承された、伊賀組紐の歴史は 忍者の「下げ緒七術」にはじまり又 藤堂藩の武具の紐を自給自足していた
 現在の帯〆 羽織紐に組紐が使われたのは明治初期の廃刀令からである
 芭蕉を生み 観阿弥世阿弥を育てた 伊賀人の豊かな感受性と四面山にかこまれた静かな環境が古来の組紐技術を近代和装に欠くことの出来ない帯〆 羽織紐に仕上げたものが「伊賀組紐」であります。
 また機械組の研究も進み 古い伝統と新しい感覚をもつ優雅な組紐を完成するに至ったのであります。